治療

脳卒中の再生医療

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

 脳卒中、その中で特に多くを占める脳梗塞は脳の血管が詰まって、運動機能や言語機能を司る脳の一部に酸素と栄養が届かなくなって、その機能が障害される病気です。年間約30万人が発症し、その多くは死亡または後遺症が残り、2025年には後遺症の要介護者が520万人にものぼると推定され、有効な治療法が求められています。でも、脳卒中が他と比較して治療が困難になる原因の一つは、「一度傷害された脳神経組織を再生させる治療法」が確立されていないことです。そこで今、神経科学と幹細胞研究の進歩による「再生医療」が注目されているのです。

再生医療とは

 厚生省は再生医療について次のように定義しています。
1. 患者の体外で人工的に培養した幹細胞などを、患者の体内に移植などすることで、損傷した臓器や組織を再生し、失われた人体機能を回復させる医療。
2. ないしは、患者の体外において幹細胞などから人工的に構築した組織を、患者の体内に移植などすることで、損傷した臓器や組織を再生し、失われた人体機能を回復させる医療。(厚生労働省:多脳性幹細胞安全情報サイトより)
従来の対処療法に対して、欠損・損傷した臓器を再生させることで、疾病・損傷への根治治療が可能となって、患者や高齢者、障害者の生活の質(QOL)を高めて、自立した生活と社会復帰が可能になります。医療分野だけに限らず、産業構造、社会構造の変化をもたらすと期待されています。

従来の医療との違い

従来の医療

 生まれつきや加齢、疾病、不慮の事故で組織や内臓の機能を失った場合に、それを補てんする対症療法が主でした。治療法はありますが、闘病生活は長時間に及んで一生涯、投薬治療や人工透析、ペースメーカー、人工関節などの医療機器、器材に依存することになり、患者の生活の質と自立が制限されました。
また、長期の闘病生活により、患者本人や看護・介護する家族が離職するケースもあり、経済的・精神的負担も社会問題化して来ています。根治療法である臓器移植は拒絶反応や感染症のリスクがあり、免疫抑制の内服が必要となります。ドナーが絶対的に不足している状況では、従来医療に代わる治療とはまだなっていません。

再生医療

 再生医療は失われた人体機能そのものを回復させると云う、今までの医療と全く異なるアプローチからの根治療法を目指しています。これが確立されれば、長期に及ぶ内服治療や医療器材の使用が不要となり、闘病生活が短縮されて社会復帰が容易になります。同時に今まで治療法のなかった、脊髄損傷や脳卒中後の麻痺の改善などが見込まれます。

幹細胞とは

 私たちの体の中で、血液や皮膚のように絶えず入れ替わり続ける組織を保つために、失われた細胞を再び生み出し補充する能力を持つ細胞が「幹細胞」です。

幹細胞の2つの能力

① 分化能=皮膚や赤血球、血小板など、私たちの体を作る様々な細胞を作り出す能力。
② 自己複製能=自分と全く同じ能力を持った細胞に分裂することが出来る能力。

2種類の幹細胞

① 体性幹細胞(組織幹細胞)=これは血を作る造血幹細胞なら血液系細胞、神経系を作るなら神経幹細胞というふうに、役目が決まった幹細胞です。(例:造血幹細胞、神経幹細胞、間葉系幹細胞)
② 多機能幹細胞=ES細胞(胚性幹細胞)のように、私たちの体のなかにある様々な組織幹細胞を作り出す幹細胞です。この頃よく耳にするiPS細胞は、普通の細胞をもとに人工的に作った多機能幹細胞のことです。(例:ES細胞、IPS細胞)

【現在、臨床応用出来る幹細胞とは?】
実は、多能性幹細胞であるES細胞やiPS細胞は癌化の可能性があります。そのため、臨床で一般的になるには10年はかかると思います。一方、体性幹細胞は役目が決まった幹細胞ですので、現在までに癌化の報告が無く、最も臨床応用に近い幹細胞になります。

現在行われている再生医療

脳梗塞に対する再生医療とその効果

骨髄幹細胞を用いた脳梗塞治療 札幌医科大神経再生医学講座より

 脳梗塞の患者自身の骨髄から間葉系幹細胞を数十cc摂って、CPC(細胞培養センター)で増やして一旦凍らせます。安全性、品質のチェックを行って、患者に点滴投与を行います。局所麻酔で摂取時間は10~15分、培養には4週間ぐらいかかります。点滴投与には30分間弱かけて行います。
【症例紹介】- 52歳男性、脳梗塞発症から1.5ヶ月(6週間)、右内頚動脈完全狭窄
右脳半球の血流が落ちていて、肩は少し動きますが肘から先は全く動かない状態です。
① 投与-生理食塩水100cc(中に1億個の細胞)を30分から1時間弱ぐらいで点滴投与します。
② 翌日-手が動き始め、時間が経つにつれ良くなります。遅い方でも2日後には動くようになりました。
③ 2週間後-肩も動くようになり、関節・手首も動き出し、コップが持てるし握力も最終的に20kgぐらいとなり、社会復帰に至りました。
MRIで見ると、脳梗塞に侵された白い部分が日にちの経つにつれて、回復して行くのが判ります。さらに、大体1週間くらいで10~20%ぐらい血流が上がりました。
脳卒中は発症後3時間とか6時間が治療の分かれ目と云われて来ましたが、数週間、数ヶ月経っても、まだ再生治療による可能性が開けたことは、極めて発展性の高いことだと思われます。

札幌医大 骨髄間葉系幹細胞(MSC)

【MSCを用いた糖尿病合併症治療】
これまで、糖尿病による臓器障害は、糖代謝改善薬の開発とインスリンの適正補充が治療法と考えられていましたが、現在はMSCを用いた新規治療法開発の必要性に迫られています。糖尿病における臓器合併症を「慢性炎症」の一種と捉え、骨髄内と同様に末梢臓器内での実質細胞と間質細胞、及び両者の相互作用を正常化させることが、一つの治療標的となります。そこで、抗炎症作用、多分化能・組織再生能を有して、組織障害部位への遊走能が高い、MSCに着目されました。マウスを用いた肝障害、腎障害に対するMSC治療効果が確認されています。

【MSCを用いた炎症性腸疾患治療】
炎症性腸疾患は未だ原因不明の慢性難治性で、若年者の罹患率が高く、既存の治療では長期化、QOLの低下のみならず発がんのリスクも高い疾患です。遺伝的素因や免疫応答異常などが複雑に連鎖する多因子疾患で、現在では免疫制御を標的とした抗炎症療法が主体となっていますが、更に進めて腸管粘膜の再生を強力に促進して根治的粘膜修復を導くために、MSCが注目されています。

東北大学 MUSE細胞 東北大学大学院医学系研究科

 成人ヒトの間葉系組織には、多様な細胞に分化する能力がある多能性幹細胞として、Muse細胞と呼ばれる幹細胞があります。
【Muse細胞の特徴】
① 骨髄、皮膚、脂肪などの間葉系組織にメインで存在し、また様々な臓器の結合組織にもあり、市販の間葉系の培養細胞からも得られます。
② 1つの細胞から体中のいろんなタイプの細胞に分化が可能で、自己複製能力もあります。
③ 体内に自然にある細胞なので、腫瘍化の危険性が極めて低いです。
④ 培養細胞の代表と云われる繊維芽細胞と同じ程度の増殖力があります。

【Muse細胞の利点】
① 誘導せず、そのまま血中に投与するだけで組織修復が出来ます。
② 腫瘍を作らず、分化誘導もなしにそのまま生体内に投与するだけで、組織修復細胞として働く簡便性があります。

一般的に体性幹細胞は、その存在する組織を構成する細胞群を分化させられる細胞と云われます。例えば、神経幹細胞では神経とグリア、造血幹細胞では血球系の細胞が作られます。※グリア細胞:情報処理・伝達に特化した神経系を構成する神経細胞でない細胞の総称で、ヒトの脳内では神経細胞の50倍ほど存在します。
でも、間葉系幹細胞では骨や軟骨、脂肪などの間葉系細胞以外に、神経(外胚葉)、肝細胞(内胚葉)など胚葉を超えた分化が報告され、多能性幹細胞があると議論されてきました。そして、成人ヒトの皮膚や骨髄などの間葉系組織から多能性幹細胞を見つけ出し「Muse細胞」と名付けました。Muse細胞は1細胞から3胚葉性の細胞に分化が出来、腫瘍性増殖を示さないという大きな利点があります。間葉系幹細胞と多能性幹細胞の両方の特徴を備えており、組織や間葉系の培養細胞から単離可能となり、再生医療への応用が期待されます。例えば、ES細胞やiPS細胞を再生医療に用いる場合は、目的とする細胞に分化誘導し、さらに腫瘍化の危険を持つ未分化な細胞を除去するという2つの要件が前提となります。しかし、Muse細胞なら、採取してきた体内に投与すれば障害部位を見つけて、そこに生着して組織に応じた細胞に自発的に分化出来るので、分化誘導などの操作を必ずしも必要としません。また、Muse細胞の母集団である間葉系幹細胞は現在世界中で数多く臨床試験が行われて、安全性が担保されているので、腫瘍化の危険が極めて低く、再生医療への応用が現実的だと考えられます。

国立循環器病研究センター 自己骨髄単核球

 高齢者の寝たきり発生原因の40%以上は、脳血管障害などの中枢神経障害とされており、有効な治療法の開発が課題でした。そこで、米国ピッツバーグ大学で腫瘍由来神経様幹細胞や米国ハーバード大学で胎児ブタ由来神経幹細胞といった他人や動物の細胞を用いた様々な基礎研究・臨床試験が行われて来ましたが、拒絶反応や感染、倫理的問題が多く内在していました。一方で、血管を介して組織修復作用を行う自己骨髄単核球細胞を用いた心筋梗塞患者の臨床実験では、欧米で二重盲検試験においてその効果が報告されました。
※二重盲検試験 被験者を2つのグループに分けて、一方に試験薬を、他方には外見や味が同じで薬功に無関係な偽薬を与えて、どちらにどの薬を与えたかが医師、被験者に判らないようにして、医薬の効果を客観的に判定する方法です。
心筋梗塞と同様に、脳卒中でも障害された神経組織の再生に脳微小血管網の再生が不可欠です。そこで、脳梗塞後の骨髄単核球移植が血管再生を介して神経再生・神経機能回復をもたらすとして、脳卒中患者に自己骨髄幹細胞を用いた臨床試験が行われました。臨床試験の対象患者は、脳梗塞発症1週間後においても、神経機能回復が十分でない重症(NIHSS10点以上)の心原性脳塞栓症例とされました。
① 脳梗塞発症約1週間後に骨髄細胞を採取。
② 比重遠心法を用いて単核球分画(1単位)の分離を実施。
③ 10分間で静脈内に全量投与します。
その後、安全性、有効性の検討を行い、12症例全例で細胞治療に伴う有害な事象は観察されておらず、9症例で6か月後の自力歩行が可能となりました。多くの症例で順調な機能回復が観察されています。

培養自己骨髄細胞による低侵襲な肝臓再生療法

 進行した肝硬変の根治療法としては、肝移植のみが確立されていますが、病態が改善されるとして再生医療の研究が期待されています。この治療法は非代償性(グレードC:重度)の肝硬変患者を対象に局所麻酔下で、約30mlの骨髄液を採取し、約3週間培養して骨髄間葉系幹細胞を増やして、元の患者の末梢静脈より点滴静注します。10名に対し、投与後6ヶ月間の観察期間を設けて、主に安全性を調べました。この治療を施すことで、肝硬変の原因となっている隔壁を構成する線維が減少し、肝硬変の状態が改善して肝機能も回復することが動物実験では判りました。また、この治療法は少量を採取し、自己培養細胞を点滴で戻すだけなので、低侵襲(患者の負担が少ない)が特徴で、良い結果が得られれば、臓器が線維化によって硬くなる他の病気(肺線維症や腎硬化症など)への応用も考えられます。

身近になる再生医療

 尚、はくほう会セントラル病院では自己血を利用しないより患者様負担が少ない培養法にて、『脳梗塞に対する自家骨髄由来間葉系幹細胞を用いた臨床研究(計画番号PB5160017)』を実施するなど、既に一般病院レベルでも再生医療が実施出来る様になってきています。
再生医療は、適切なリハビリ治療と併用することで、より多くの成果が得られます。
※脳卒中ブログ08_リハビリ治療法_03 参照

いかがでしたか、
再生医療はまだ発展途上ですが、その未来は明るいものであることに間違いはありません。
是非、参考にしてみてください。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。