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サルコペニアはRosenbergが1989年に始めて提唱した概念で、「高齢者の加齢に伴って生じる骨格筋量の低下」とされています。
骨格筋がたんぱく質の主な貯蔵・供給源で、エネルギー代謝の主要組織となるので、高齢期に骨格筋量を保持することは大切なのです。
さらに現在では、高齢者にはとっては骨格筋量より筋力が重要と判り、サルコペニアの操作的定義と評価方法は、骨格筋力と筋機能(筋力、または身体パフォーマンス)の低下によって定義されます。
2014年初めにアジアのワーキンググループ(AWGS)がサルコペニア診断のアルゴリズムを報告しました。
サルコペニアは「加齢による骨格筋量低下」だけでなく、「筋力」や「身体パフォーマンス」の低下を伴った骨格筋量の減少という捉え方が主流で、臨床的にも有効な考えとなっています。
リハビリ栄養とは
リハビリ栄養とは、栄養状態も含めて、「国際生活機能分類(ICF)」で評価を行った上で、障害者や高齢者の機能、活動、参加を最大限発揮できるような栄養管理を行うことを云います。
ICFはその名の通り、『人間の「生活機能」と「障害」を判断するための「分類」の仕方』を示して、2001年に世界保健機関(WHO)によって採択されました。
ここで云う「生活機能」とは、ご飯を食べたり、運動したり、社会に参加したりする「人が生きていく能力」全てを指します。
これに対して「生活機能」が何らかの理由で制限されている状況を「障害」と定義しています。
心身機能の障害に加えて、例えば「コミュニケーションをとるのが困難である」状況や、「仕事をすることが出来ない」と云った状況も、活動や参加に「障害」があるとされます。
このような「生活機能」と「障害」の状況を細かく分類分けして、示しているのがICFです。
ICFでは生活機能を構成する「心身機能・身体構造」と「活動と参加」に関する項目でも合わせて1,000個以上が存在します。
「心身機能・身体構造」では、「0:機能障害なし」から「4:完全な機能障害」まで5段階で評価され、「活動と参加」では「0:困難なし」から「4:完全な困難」までの5段階で評価されています。
リハビリ栄養補助食品のポイント
サプリメント、栄養補助食品はサルコペニアの有用な治療手段です。
- BCAAとHMBは、筋たんぱく質の合成、分解のネットバランスを正にして、筋肉量増加に寄与します。
- 高齢者では、運動後のBCAAやHMBの摂取がより効率的である。
- ビタミンDは、筋細胞核内にあるレセプターを介して、筋たんぱく質合成に直接関与しています。
- サプリメント補助食品は、日常的な食事摂取が十分であることを前提として利用しましょう。
【サルコペニア患者に有用な栄養補助食品】
商品名 | メーカー | 性状 | 風味 | 容量 | エネルギー(kcal) | たんぱく質(g) | その他の特徴 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
リソース ぺムパルアクティブ | ネスレヘルスサイエンス | 液状 | バニラ、ミックスフルーツ | 125ml | 200 | 10 | BCAA2.5g、ビタミンD 12.5μg、カルシウム300mg含有 |
メディミル、プチロイシンプラス | 味の素、ネスレ日本 | 液状 | いちごミルク、コーヒー牛乳、バナナミルク、バニラ | 100ml | 200 | 8 | BCAA2.07g(うちロイシン1.44g)、ビタミンD 20μg含有 |
アミノケア、ゼリーロイシン40 | 味の素、ネスレ日本 | クラッシュゼリー | りんご | 100g | 30 | 3 | BCAA1.85g(うちロイシン1.2g)含有 |
ヘパス | クリニコ | 液状 | コーヒー。抹茶 | 125ml | 200 | 6.5 | BCAA3.5g含有 |
リハタイムゼリー | クリニコ | クラッシュゼリー | マスカット。桃 | 120g | 100 | 10 | BCAA2.5g、(ロイシン1.4g)、ビタミンD 20μg含有 |
エンジョイプロテイン | クリニコ | 粉末 | 無味 | 220g/700g | 18(5gあたり) | 4.5(5gあたり) | BCAA1.1g(5gあたり)含有 |
メイバランス リハサポートmini | 明治 | 液状 | フルーツミックス味 | 125ml | 200 | 10 | BCAA2.5g、カルニチン30mg含有 |
なぜ脳卒中患者さんにサルコペニアが多くなるのか
サルコペニアとは
サルコペニアとは「骨格筋=sarco」+「減少=penia」と英語からとって、骨格筋減少症・筋肉減少症と呼ばれるものです。
狭い意味では、「加齢によって徐々に進行する筋肉量の減少および筋肉機能(筋力や身体機能)の低下とされます。
広い意味では、加齢を含む全ての原因(活動・栄養・疾患など)による筋肉量の減少および筋肉機能(筋力や身体機能)の低下とされています。
広義では80歳以上の高齢者の50%以上が該当すると云われる症状です。
サルコペニアの症状
- 足の筋肉が弱る:転倒し易くなる
- 手の筋肉が弱る:重いものが持ち上げられない
- 体幹の筋肉が弱る:ふらふらする
- 飲み込みの筋肉が弱る:肺炎や息苦しさに繋がる
- 心臓の筋肉が弱る:疲れ易くなる
脳卒中における骨格筋の変化
脳卒中後の障害は長く残り、50%の患者に片麻痺が、30%の方では援助なしで歩行が出来なくなります。
片麻痺を起した脳卒中は脱神経・廃用・リモデリングバランスの崩壊・痙縮を招く原因となります。
※脱神経:筋が神経の支配を受けなくなった状態。
※廃用:長期に安静状態が続く事で起こる、様々な心身の機能低下などを起こします。
※リモデリング:「破骨細胞」などが骨を壊し、「骨芽細胞」が骨を作るという代謝作用。
※痙縮:筋肉が緊張しすぎて、手足が動かし難くなったり、勝手に動いてしまう状態。
脳梗塞を発症して、4時間後には筋肉組織の変化が始まり、健側肢でも脳卒中後1週間以内には筋力の低下が起こります。
筋繊維タイプのシフト
ヒト骨格筋繊維は適応能力が高いですが、正常な老化では速筋繊維が減少し、遅筋繊維が増えるので筋力は低下して行きます。
一般に30歳から60歳までで筋力は18%減少し、70歳以降では10年で20%ずつ低下すると云われています。
でも、脳卒中ではその逆の変化として、神経の再編成と神経そのものの脱落のせいで、骨格筋での血流低下が起きるため、好気性代謝依存性だった筋(遅筋型)が嫌気性代謝依存性(速筋型)にシフトします。
この仕組みによって、脳卒中後の速筋変化が起こるほど歩行障害も酷くなります。
廃用性萎縮
急性期脳卒中患者の入院中は筋肉に負荷がかからない不活動や不動化は、グルコース依存性のエネルギー代謝に影響するだけでなく、インスリンからの同化刺激を減少させるインスリン抵抗性を生じます。
10日間、安静にした健康な高齢者でも、筋たんぱく質の合成が30%減少し、下肢の除脂肪体重は6%減少することで、筋力が16%低下します。
脳卒中後のサルコペニア(筋肉減少症)である筋肉量の減少、繊維断面積の減少・筋肉内脂肪沈着の増加など筋肉の長期的な変化は、発症3週~6ヶ月の間に麻痺側・健側の両側に起こりますが、運動療法によって筋委縮を予防し身体機能の回復に有効とされています。
栄養障害
脳卒中患者の半数は低栄養と認識され、ほとんどの高齢患者の栄養状態は入院時には、すでに悪化していることが多く、低栄養は入院後も続きます。
入院時の低栄養は、その後の継続的な栄養不良を招き、脳卒中後合併症やその進行の結果が脳卒中後のサルコペニアの一因となっています。
嚥下障害は脳卒中の一般的によく見かけられる合併症で、特に発症当初では多くの患者さんに認められます。
嚥下障害は低栄養・脱水、誤嚥性肺炎の原因となります。
低栄養は舌筋にも影響を及ぼしてサルコペニアは更に悪くなります。
そのため、脳卒中患者さんでは発症後の早めの栄養管理が必要不可欠になります。
体重と組織変化の関係は?
脳卒中後のサルコペニアには体重減少を伴い、不十分な栄養供給や異化・同化のアンバランスによって筋肉はどんどん萎縮していきます。
3kgを超える体重減少が脳卒中後の短期(4ヶ月)で24%、中期(1年間)で26%という報告があります。
また、体重減少の無い患者さんの死亡率は4%に比べて、体重減少のある患者さんでは14%とも言われます。
また、低体重患者さんは生活が自立となることが少ないことも示されています。
不活動、嚥下障害、異化の促進(ストレス・痛みなど)、栄養バランスの不良などにより、筋肉の分解だけでなく、脂肪組織や骨組織などの身体全体に影響を及ぼします。
また、筋肉組織の減少によって筋肉は脂肪に置き換えられるので、実際の筋肉量の減少は単純な体重変化より大きくなります。
※異化:筋肉や脂肪組織を分解して、エネルギーを生み出すこと。
※同化:食べ物などの栄養から、身体の筋肉や脂肪組織を作ること。
サルコペニアの原因は何?
サルコペニアは高齢者に多く見られますが、若年層でも見受けられ、大きく分けて加齢によるものと、それ以外が原因であるものに分けられます。
加齢以外を原因とするものでは、「活動」、「疾患」、「栄養」に関連する原因に分類されます。
サルコペニア(大分類) | サルコペニア(小分類) | 原因 |
---|---|---|
一次性 | 加齢性 | 加齢以外に明らかな原因がない |
二次性 | 活動に関連する | 寝たきり、不活発なスタイル、(生活)失調や無重力状態が原因 |
疾患に関連する | 重症臓器不全(心臓・肺・肝臓・腎臓・脳)、炎症性疾患、悪性腫瘍や内分泌疾患に付随するもの | |
栄養に関する | 吸収不良、消火管疾患、食欲不振を起こす薬剤使用などに伴う、摂取エネルギー及び又はたんぱく質の摂取量不足に起因するもの |
若年層の場合は、病気やけがなどで食事の量が減り、安静にしていても、筋肉量の減少や筋力低下は一時的なもので、徐々に活動性を増やしていけば、元の日常生活が送れるようになれます。
でも、高齢者の場合は活動や疾患、栄養に関連する、どのきっかけ一つをとっても、身体機能や精神機能の低下につながって、日常生活の質の低下を来たして介助を必要とする状態になることが少なくありません。
加齢による変化では機能低下のスピードが速く、その上、起こってからの対策では、なかなか元の状態に戻り難くなっています。
サルコペニア評価は
サルコペニアの診断としては、歩行速度(秒速0.8以下)、握力(男性26kg未満、女性18kg未満)、筋量測定が用いられていますが、脳卒中患者や高齢者では歩行速度の計測は容易ではありません。
握力測定はベッドサイドで簡単に実施出来て、上肢筋力のサルコペニア評価(BMI、全身のたんぱく質、上腕筋肉量、栄養状態に関連)には有効な方法です。
上肢機能以外でも、握力は運動機能、疲労度、骨折のリスク、認知機能低下および日常生活依存度にも関連しているので、サルコペニア評価法としては実用的だと云えます。
もっと詳しいサルコペニア評価法
【サルコペニア評価法の変遷】
研究ブループ名 | 構成要素 | 測定方法 | Cut off 値 |
---|---|---|---|
Baumgartner,et al.(1998) | 筋量 | 四肢骨格筋量/身長²(DXA) | 若年平均値-2SD値(男性7.26kg/㎡、女性5.45kg/㎡) |
Janssen,et al.(2002) | 筋量 | (全身骨格筋量/体重)×100(BIA) |
クラスⅠ:若年平均値の-1~-2SD値内(男性31.6~37.1%、女性22.2~27.6%) クラスⅡ:若年平均値の-2SD値以下(男性31.5%未満、女性22.1%未満) |
EWGSOP(2010) |
プレサルコペニア:筋量のみ サルコペニア:筋量+筋力または身体能力 重度サルコペニア:筋量+筋力+身体能力 |
筋量:明文化なし(DXAまたはBIA) 筋力:握力 身体能力:通常歩行速度 |
筋量:若年平均値の-2SD値 握力:男性30kg、女性20kg または性、BMI別握力の 第1四分位 ※第1四分位:データ値を大きさの順に並べて4等分の位置の値を四分位数と云い、小さい方から順に第1四分位数、第2四分位数(中央値と同じ値)となります。 通常歩行速度:0.8m/s |
SIG(2010) |
筋量 身体能力 |
筋量:四肢骨格筋量/身長²(DXA) 身体能力:4m歩行速度 |
筋量:若年平均値の-2SD値 4m通常歩行速度:0.8m/s |
IWGS(2011) |
筋量 身体能力 |
筋量:四肢骨格筋量/身長²(DXA) 身体能力:4m歩行速度 |
男性7.23kg/㎡、女性5.67kg/㎡ 4m通常歩行速度:1.0m/s |
AWGS(2014) | 筋量 筋力 身体能力 |
筋量:四肢骨格筋量/身長²(DXAまたはBIA) 筋力:握力 身体能力:6m通常歩行速度 |
DXA: 男性7.0kg/㎡、女性5.4kg/㎡ BIA: 男性7.0kg/㎡、女性5.7kg/㎡ (20パーセンタイル値でも代用可) 握力:男性26kg、女性:18kg (20パーセンタイル値でも代用可) ※パーセンタイル値:全体を100として小さい方から数えて何番目になるのかを示す数値で、50パーセンタイルが中央値になります。 6m通常歩行速度:0.8m/s |
日本肝臓学会サルコペニア判定基準作成ワーキンググループ(2016) |
筋量 筋力 |
筋量:CT(L3レベル筋断面積)もしくはBIA 筋力:握力 |
CT: 男性42㎝²/㎡、女性38㎝²/㎡ BIA: 男性7.0kg/㎡、女性5.7kg/㎡ 握力:男性26kg、女性18kg |
日本肝臓学会は「肝疾患におけるサルコペニアの判定基準(第1版)」を2016年に発表しました。
これには、EWGSOPやAWGSなどで対象外とされた65歳未満の患者さんも対象にしており、筋量測定には臨床に即したCTと生体インピーダンス解析(BIA)が提案されています。
歩行速度項目の除外は、正診率にあまり影響しないといわれており、外来診療などで簡便に診断出来るよう歩行速度を判定項目から除外しています。
個人的には、生体インピーダンス解析が一番簡便で有用ではないかと思います。
※DXA:X線を身体にあてて、骨とほかの組織におけるX線の吸収率の差から骨密度、骨量、脂肪量、非脂肪量(筋肉量)の計測が可能です。
※生体インピーダンス解析(BIA):体内に微弱な電流を流し、その電気的抵抗を利用して水分量や体脂肪、筋肉量を間接的に求める方法。
主に家庭用の安価な体脂肪計から、フィットネスクラブや医療施設等の業務用の体組成計がこの原理を利用しています。
いかがでしたか?
脳卒中後のサルコペニア予防・治療には、発症初期からの栄養療法と筋負荷を目的とするリハビリを併せて行うことが有用となります。
是非、参考にしてみてください。
ニューロテックメディカル代表
《 Dr.貴宝院 永稔 》
大阪医科大学卒業
私たちは『神経障害は治るを当たり前にする』をビジョンとし、ニューロテック®(再生医療×リハビリ)の研究開発に取り組んできました。
リハビリテーション専門医として17年以上に渡り、脳卒中・脊髄損傷・骨関節疾患に対する専門的なリハビリテーションを提供し、また兵庫県尼崎市の「はくほう会セントラル病院」ではニューロテック外来・入院を設置し、先進リハビリテーションを提供する体制を築きました。
このブログでは、後遺症でお困りの方、脳卒中・脊髄損傷についてもっと知りたい方へ情報提供していきたいと思っています。