リコード法(2)運動・睡眠による改善
《 目 次 》
デール・ブレデセン著の「アルツハイマー病 真実と終焉」に書かれた、アルツハイマー型認知症の画期的な治療法「リコード法」の内容から、認知機能の低下予防・回復について、その基本をご紹介しています。
前回の「食生活の改善」に次いで、「運動・睡眠による改善」についてです。
運動による改善
現代社会における、座ったままの仕事や座ってばかりの生活は「認知力」や「体(特に心血管系)の健康」に非常に悪い影響を与えるとされています。
発達したモータリゼーションのお陰で社会活動では便利になりましたが、その反面、人間の体の運動量は昔と比べると格段に少なくなっています。
だから、日頃の運動を改善することが、身体を健康にして、認知力向上に繋がって行くのです。
定期的運動による脳に与えるメリット
- インスリン抵抗性の減少
- ケトーシス(※)の促進
※ケトーシス:主なエネルギー源である糖質(ブドウ糖)が体内から無くなると、脂肪が燃焼・分解されて、ケトン体と呼ばれるエネルギー源が肝臓で作られます。このようにケトン体をエネルギーとする状態を「ケトーシス」と云います。 - 海馬を大きくする
- 血管機能の改善
- ストレス軽減
- 睡眠の改善
- 生まれたばかりのニューロンの生存率を高める
- 気分の改善
認知力改善に最適な運動
リコード法では、有酸素運動と筋力トレーニングの両方をミックスした運動が良いとされています。
認知力に最適な運動としては、「ジョギング」、「ウォーキング」、「スピン」、「ダンス」などの「エアロビクス」が挙げられています。
筋力トレーニングでは「ウエイトトレーニング」を挙げています。
スポーツジムなら、専属トレーナーが色々とサポートしてくれるので、これらの運動は比較的容易に実現出来ます。
でも、やり方次第で日常生活にこれらのトレーニングを組み込んで、お金をかけずに簡単に行うことは可能です。
例えば、日常生活の移動手段として、「自転車」を多く利用することなどです。
スポーツジム内の同じ場所で、テレビを見ながら悶々と自転車をこぎ続けるのと違って、目的を持って移動しながら、移り行く景色を楽しみ(脳に良い刺激を与え)、長時間の有酸素運動を行えます。
意図的に負荷をかけた脚力トレーニングも可能です。
その上、目的地までの電車代も節約出来ると云うものです。
自転車利用が難しければ、「ウォーキング」での代用も良いでしょう。
器具なしでも自宅で簡単に行うには、「腕立て伏せ」や「スクワット」、「腹筋や背筋のトレーニング」も有効です。
運動時間
いきなり体に負荷をかけずに、ゆっくり増やして、体や心臓に負担がかからないように取り組むことが重要です。
出来ることから出来る範囲内で始めて、日常生活に運動を取り入れる工夫をしながら、無理せず自然に体を動かすように心掛けてください。
(1日あたり、45~60分で週4~5回以上、又は、30~60分で週5~6回)
運動時の注意点
- ゆっくりと始め、体を伸ばして、関節にも注意すること。
- なかなか始められない場合は、トレーナーや家族、友達に頼んで、始められるよう手伝ってもらいましょう。
睡眠による改善
良質な睡眠
リコード法において、認知機能を向上させるには、「良質な睡眠」を得ることが必要不可欠とされています。
通常の治療を受けている軽度認知機能障害者(MCI:※)には、「症状が改善する人」と「アルツハイマー病を発症する人」の2つのパターンがあります。
※軽度認知機能障害者(MCI):本人及び第三者からは認知機能の低下に関する訴えはあるが、認知症の診断基準は満たさず、基本的な日常生活が保たれている状態の人。
「睡眠の質」の違いにより、2つのパターンが存在しますが、良好な睡眠をとっているほど改善傾向にあると云われています。
リコード法では、睡眠を最適化し、脳機能を改善するには、睡眠の質を改善し、「良質な睡眠」をリコード法推奨値である「7~8時間/日」取るよう心掛けてください。
改善前にやるべきこと
もしもあなたが「睡眠時無呼吸症候群(※)」なら、その治療が先決になります。
※睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome):別名「SAS(サス)」と呼ばれ、10秒以上の気流停止(気道の空気の流れが止まった状態)を無呼吸と云い、無呼吸が一晩(7時間睡眠中)に30回以上、又は、1時間あたり5回以上あれば、睡眠時無呼吸とされています。
睡眠時無呼吸であれば、例えリコード法が推奨する睡眠時間(7~8時間)を確保していても、半覚醒状態&脳の低酸素が一晩中続いて、細胞修復に必要な良質な睡眠が得られず、脳が低酸素になることで、アルツハイマー病を引き起こす「アミロイドβ」の生成を促進する可能性があるからです。
だから先ず、その治療が優先されます。
睡眠時無呼吸症候群(SAS)の検査・治療
先ずは問診で、起きている時の自覚症状や生活状況について、昼間の眠気の自覚や、既往歴、体調の変化、特徴的ないびきの有無などの情報を医師に伝えて、診療に役立てましょう。
問診の結果、SASの可能性が疑われる場合は、次の具体的検査に進みます。
簡易検査
自宅で取り扱える検査機器を使って、普段通り寝ている間に検査出来ます。
手の指や鼻の下にセンサーをつけて、いびきや呼吸の状態からSASの可能性を調べます。
主に酸素飽和度を調べる検査(パルスオキシメトリー)と、気流やいびき音から気道の狭窄や呼吸状態を調べる検査があります。
これらによって、無呼吸の有無やその頻度は解りますが、脳波や睡眠の深さなどの詳細データまでは取ることが出来ないので、簡易検査の結果次第ですぐに治療に進むか、より詳細な精密検査(入院検査)が必要となるかに分かれます。
精密検査
より詳しく睡眠と呼吸の「質」を調べる、終夜睡眠ポリグラフ(PSG)検査は、専門医療機関に入院して行う検査です。
仕事の終わりの夜に入院・検査して、翌朝出勤前に退院出来るよう配慮された医療機関も多いようです。
【主な検査項目】
- 口と鼻の気流(空気の流れ)
- 血中酸素飽和度(SpO2)
- 筋電図、眼電図、心電図
- 脳波
- いびきの音
- 睡眠時の姿勢など
睡眠時無呼吸症候群が引き起こす病気
① 認知症
認知症患者の約9割が睡眠時無呼吸症候群だったと云う報告もあります。
無呼吸状態が続くと、肺での換気が十分に行えず、血液中の二酸化炭素が溜まって、酸素が減少する低酸素状態になります。
このように低酸素ストレスを与えることで、脳内にアミロイドβタンパク質が増えて、認知症に移行し易くなるのです。
RDI(※)の数値が悪化するほど認知症の症状が重いと判断され、特に80歳以下ではRDIと認知機能の低下の関連性が強く指摘されるので、その初期段階で睡眠時無呼吸症候群の治療を行うことが、予防や進行を遅らせることに繋がります。
※RDI(Respiratory Disturbance Index:呼吸障害指数):検査中にカウントされた無呼吸、低呼吸の総回数を記録時間で割った値。
1時間あたり5回未満で正常。
② 高血圧
アメリカで行われた睡眠呼吸障害の大規模研究「ウィスコンシン睡眠コホート研究」で、SASと高血圧との関連が明らかに示されています。
血圧140/90㎜Hg以上、又は降圧剤を服用している場合、「高血圧症」と定義して、709例を対象に4年後の高血圧発症リスクを調査しました。
その結果、睡眠時無呼吸症候群(SAS)による発症リスクは健常者の約1.4~2.9倍になると報告されています。
利尿剤を含む3剤以上の降圧薬を適切に用いても、降圧目標まで下がらない場合は、「治療抵抗性高血圧」に該当します。
この「治療抵抗性高血圧」とSASが特に高率で合併することが明らかにされています。
無呼吸の状態から呼吸が再開すると、体は寝ている状態でも脳は起きた状態になります(覚醒反応)。
同時に睡眠が一時中断状態になるので、交感神経が亢進されて血圧が上昇します。
本来なら、寝ている時は副交感神経が優位なのですが、閉塞性睡眠時無呼吸タイプ(OSAS)では、この無呼吸・呼吸再開のパターンを繰り返すので交感神経が活性化され、血圧変動が持続するのです。
夜間に血圧低下が少ない、又は逆に昼間に比べて夜間に血圧上昇を示す場合は、夜間に血圧が下がる正常型と比べて心血管疾患のリスクが高いことも明らかになっています。
学会の診療ガイドラインでは、睡眠時無呼吸症候群(SAS)を二次性高血圧の原因疾患の1つとしております。
二次性高血圧は別の疾患に付随して生じるので、一般的な降圧薬が効きにくい特徴があり、また原因となる疾患にうまく対処出来れば、血圧をコントロール出来る場合も多くあります。
③ 心臓病(心疾患)
冠状動脈が狭くなったり、詰まったりする原因の一つに「動脈硬化」がありますが、睡眠時無呼吸症候群(SAS)が重いほど、動脈硬化が進行すると報告されています。
そのメカニズムは解明されていませんが、SASによって間欠的低酸素血症(無呼吸による低酸素状態と呼吸再開後の正常な酸素状態とが交互に繰り返される)が体内で炎症状態を起こす原因因子(炎症性サイトカイン)の産生を促進すると考えられています。
また、血管を詰まらせる血栓の産生や、冠動脈の痙攣にもSASが関与しています。
不整脈の一種の「心房細動」は「心房」が異常な電気刺激を受けて、十分に収縮出来ない状態になることですが、これにもSASが関連するとされています。
ポリソムノグラフィー(PSG)検査を受けた心房細動の既往歴のない3,542名を対象にした研究では、心房細動の発症頻度がSASを合併していない場合で2.1%、合併している場合では4.3%と、2倍以上もリスクが高まると報告されています。
また、566名を対象にした別の研究では、重症のSASの場合、SASではない群と比べて夜間の心房細動発生頻度が4倍以上に高まったという報告までされています。
④ 脳卒中
1,022名を対象にした約3年間の追跡研究の結果、重いSASの例では脳卒中・脳梗塞発症のリスクが3.3倍になると報告されています。
また、SASのせいで昼間活動時に起こる眠気や集中力・意欲・認知意識などの低下は、脳卒中発症後遺症のリハビリテーションをより一層困難にすることもあります。
日常生活の活動性の指標であるBirthal Index(BI)を用いて回復経過を比較研究すると、SASを伴う脳卒中患者の群では伴わない患者群に比べて1年後の死亡率が高く、退院時や発症後の経過においてもBIが有意に低かったことが分かっています。
SASは脳梗塞・脳出血などの発症リスクを高めるばかりでなく、その後の機能回復にも悪影響を及ぼしています。
⑤ 糖尿病
SAS重症度別の糖尿病合併割合 | |
---|---|
AHI | 合併割合(%) |
<5 | 2.8 |
5~15 | 5.5 |
≧15 | 14.7 |
このように、AHI(無呼吸低呼吸指数:SASの重症度指数)で、重症度を増すに連れて、糖尿病の合併割合が高くなっています。
年齢や性別、ウエスト周りで補正しても、SASを合併していると糖尿病の発症リスクが1.62倍になります。
SASと2型糖尿病の関連性の詳しいメカニズムはまだ解っていません。
でも、SASで見られた「間欠的低酸素血症(低酸素状態と正常な酸素状態が交互に繰り返される現象)」と、無呼吸状態から呼吸が再開するときの「覚醒状態」が糖代謝の異常に関連すると考えられています。
この2つが繰り返されることで、交感神経の亢進、インスリン抵抗性の悪化につながり、2型糖尿病の発症リスクを高めると考えられています。
質の良い睡眠の為の環境整備
- 夕食は軽めにする
- カフェインなどの刺激物は午後早いうちから飲まない
- 出来るだけ部屋は暗くする
- 出来るだけ静かな環境を保つ
- 就寝前、数時間の運動は避ける
- 就寝前のブルーライトは避ける
- 水分補給はすること、但し、就寝前の大量の水は飲まない
- 寝る前にはくつろぐ
- 出来るだけ夜の12時前に寝る
睡眠薬は使わずサプリメントにする
一般的に睡眠薬は脳を麻痺させ、感情を弱めたり、認知機能を損なう可能性があるので推奨できません。
代わりに人間の脳で産生する「メラトニンのサプリメント」を活用する方法と、トリプトファン(Trp)(又は5-ヒドロキシトリプトファン)のサプリメントを活用する方法があります。
メラトニン
通常、メラトニンは夜になり暗くなると脳で産生されますが、光にさらされると産生が止まり、また、年と共にその産生量も落ちてきます。
光に囲まれた現代人の生活では、メラトニンの産生が止まって、睡眠に悪影響を与えるのです。
リコード法では、良質の睡眠をとる方法の一つとして、就寝前の「メラトニン」サプリメントの摂取で、快眠とすっきりした目覚めが出来るとしています。
摂取量としては、脳が産生する量(生理量)と同量の0.3~0.5㎎、不十分だった場合でも0.5~最大20㎎(上限)の範囲にしましょう。
量が多すぎると、数時間眠った後、夜中に目覚めて以後、眠れなくなることもあるので気をつけましょう。
ただ、1週間に1日は使用を控えて、体自体がメラトニンを産生し続けられるようにしてください。
尚、メラトニンは睡眠薬ではないので、鎮静効果はありません。
トリプトファン(Trp)
物思いに沈むなど、心の問題で眠れない場合には、就寝前にトリプトファン(Trp)又は、5-ヒドロキシトリプトファン(5-HTP)を服用すると解消される可能性があります。
ただ、抗うつ薬SSRI服用者は重篤な副作用(セロトニン症候群)を引き起こす可能性があるので、摂取が禁止されています。
リコード法では、トリプトファン(Trp)の場合は500㎎、5-ヒドロキシトリプトファン(5-HTP)の場合は100~200㎎が適量とされています。
いかがでしたか?
リコード法においては、認知機能の低下予防・回復には前回の「食生活の改善」に次いで、「運動・睡眠による改善」が大切であると書かれています。
是非、参考にしてみてください。
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ニューロテックメディカル代表
《 Dr.貴宝院 永稔 》
大阪医科大学卒業
私たちは『神経障害は治るを当たり前にする』をビジョンとし、ニューロテック®(再生医療×リハビリ)の研究開発に取り組んできました。
リハビリテーション専門医として17年以上に渡り、脳卒中・脊髄損傷・骨関節疾患に対する専門的なリハビリテーションを提供し、また兵庫県尼崎市の「はくほう会セントラル病院」ではニューロテック外来・入院を設置し、先進リハビリテーションを提供する体制を築きました。
このブログでは、後遺症でお困りの方、脳卒中・脊髄損傷についてもっと知りたい方へ情報提供していきたいと思っています。