脳梗塞後のTMSはどんな人に適しているのか?
《 目 次 》
今まで諦めていた脳梗塞後遺症からの回復に、大きな希望を与えてくれるのがTMS治療です。
「箸を使えるようになった」「傘と杖を持って外出ができた」「仕事に復帰できた」などの喜びの声を聴くたびに、このTMS治療を広めて行きたいと願っています。
脳梗塞の磁気刺激療法とは
始まり
すでに19世紀には、過電流によって脳に誘導刺激を行う原理が記されています。
また、経頭蓋磁気刺激療法(Transcranial magnetic stimulation)はTMSと略され、それについての研究は1985年に、イングランドのシェフィールドでアンソニー・ベイカーによって、運動野から脊髄への神経インパルスの伝導が示される実験が行われました。
大脳皮質の異なる位置を刺激して、例えば筋肉などの反応を計測することで、脳機能マッピングなどを行えます。
現在では、世界中で多くのTMS装置を使って、科学的・診断的・治療的な実験が行われ、脳にどのような影響を与えるかを研究しています。
経頭蓋磁気刺激療法
TMSは、主に8の字型の電磁石による急な磁場の変化(ファラデーの電磁誘導の法則による)によって、弱い電流を組織内に誘起させて、脳内のニューロン(神経細胞)を興奮させる非侵襲的方法(※)です。
これによって、最小限の不快感で脳活動を引き起こし、脳の回路接続の機能が調べられます。
脳卒中後遺症でTMSを治療に用いる場合は、「まだ余力のある健常な脳組織の神経活動性を促進して、大脳が持っている神経症状を補う力を最大限に発揮させる」ことを目指しています。
※非侵襲的方法:皮膚内、又は体の開口部への挿入を必要としない手技方法
脳卒中後遺症に対するTMS治療の適応基準
TMS治療は脳卒中後遺症を抱える全ての患者さんに行える治療ではありません。
以下の適応基準を全て満たしている患者さんが対象となります。
- (1a)上肢麻痺:手首を曲げずに、指でグー・パーが出来る(少なくとも、親指、人差し指、中指の曲げ伸ばしが出来る)こと。
※手を握れない場合は、適応外です。
※ボツリヌス毒素治療後、上記の動作が出来た場合は、「適応あり」と判断する場合があります。 - (1b)失語症:「発語がスムーズでない」「言葉がとっさに出ない」「単語を思い出せない」「複雑な文が理解できない」などの症状があること。
※全く話せない場合、簡単な文も理解できない場合は、適応外です。 - (2)年齢が16歳以上。
- (3)頭蓋内金属(クリップ、コイル、ステントなど)が入ってないこと。
- (4)心臓ペースメーカーが入っていないこと。
- (5)最近1年間、痙攣発作がないこと。
※以上の基準を満たしていても、担当医師の判断によっては、TMS治療が受けられないことがあります。
脳梗塞の磁気刺激療法のステージとは
脳梗塞のリハビリは行う時期によって異なりますが、その中でも最も重要なのが、急性期と呼ばれる発症から1ヶ月くらいの期間です。
その時期に、どのようなリハビリを行うかが、その後の後遺症に大きく影響するのです。
ここでは、脳梗塞後遺症でも最も多い症状である「運動麻痺」でのリハビリについて述べて行きます。
運動麻痺の回復には3つのステージがあり、ステージごとの効果的なリハビリによって、脳や手足に刺激を与えることで運動機能改善に効果を発揮します。
運動機能回復を妨げる要因は、脳の神経線維の損傷によって脳の末端が障害され、筋肉や靭帯が固まってしまうことにあります。
それを防ぐには急性期からのリハビリで、残っている神経を刺激することにあります。
刺激方法には
①脳の神経を刺激する「トップダウン刺激」
②手や脚を動かして神経を刺激する「ボトムアップ刺激」
の2つの刺激方法があります。
トップダウン刺激
脳の運動を司っている「運動野」を刺激することで、神経を興奮させることができます。
この刺激は触覚的なことでなく、視覚などの感覚情報を使って、運動野を刺激して手や脚などの末端へ刺激を伝えます。
ボトムアップ刺激
実際に手や脚、指先などを動かして、神経を興奮させます。
療法士のサポートや電気刺激などを使って手や脚を動かす、物理的な動きから神経に働きかけて脳へ刺激を伝える方法です。
第1ステージ
脳梗塞障害から免れて、残っている神経に刺激を与えることで興奮状態を高めて、運動麻痺の回復を促進するのが第1ステージになります。
第1ステージは、「残っている神経」を働かせる時期ですが、この神経の興奮性は徐々に弱まり、脳梗塞発症後3ヶ月程度でなくなるとされています。
だから、興奮性のある時期に集中的に効果的なリハビリを行うことが大切です。
その方法としては、「トップダウン刺激」を使った「TMS(経頭蓋磁気刺激療法)」があります。
もう一方の「ボトムアップ刺激」を使った方法としては「TES(治療的電気刺激療法)」などがあります。
TMS
脳の特定部分に磁気刺激を与えることで、神経活動を活発化させたり抑制化させる方法
- 麻痺側の脳の運動野に刺激を与えて、残った神経の活動を活発にする。
- 麻痺の無い側の脳の運動野に刺激を与えて、過剰に働いている神経活動を抑制する。
- こうして脳のバランスを整えて行く。
TES
電気刺激を筋肉や運動を司る神経に与える方法
- 腕や脚などの皮膚に電極を張り付け、電気刺激を伝えることで筋肉の収縮を促進する。
- これにより、運動麻痺の悪化を防いだり、筋肉や靭帯が固まってしまうのを予防すると云われている。
第2ステージ
脳梗塞発症後3ヶ月を過ぎると、脳の運動を指示する組織の回復は、第2ステージに移り、障害のない部分が障害のある部分を補うために、大脳に新しい神経の経路を構築します。
新しい神経の経路を構築する時期は、脳梗塞発症後3ヶ月ごろから6ヶ月ごろまでがピークで、それ以降は消失するとされています。
だから、この時期は積極的に麻痺側の手や脚を動かす必要があります。たくさん動かせば、新しい神経の経路が構築されて行くことになります。
課題志向型訓練
運動訓練ではなく、意味のある課題をクリアする訓練を行います。
- ペグボードを使って、麻痺側の手で「ペグ」と呼ぶ小さな棒をボードからつまみ上げて、そのペグをボードの穴に差し込む。
- 輪入れと呼ぶ道具で、麻痺側の手で立っている棒へ、輪を入れる動作を繰り返す。
このような動作によって、麻痺側の手や腕、肩を自然に動かすようにするのです。
他には、「食事の動作」「着替えの動作」「日常生活で必要な動作」などの訓練を行います。
FES(機能的電気刺激療法)
麻痺側の手や脚の筋肉に電気刺激を与えて、動かすためのサポートを行います。
この時期は新しい神経の経路を構築する時だから、麻痺側を出来る限りたくさん動かすことが重要ですので、是非とも、家族が協力してリハビリを続けてください。
第3ステージ
脳梗塞発症後6ヶ月以降は第3ステージと呼ばれ、「生活期」とも重なって新しい神経経路が構築され、神経の伝達効率が上がっているので、運動麻痺の回復をより向上させる時期になっています。
以前は、脳梗塞発症後6ヶ月を過ぎると、運動麻痺の改善は見込めないと云われてきましたが、現在では、「TMS」や麻痺改善の状態を保つためのリハビリを集中的に行うことで、大きく改善するとされています。
CI療法
麻痺の無い側の手や腕を動かさずに、麻痺側だけの手や腕を動かす療法です。
脳は麻痺の無い側の腕を使うと、麻痺側の脳の活動が弱まり、余計に麻痺側の腕を使わなくなるのです。
このサイクルの繰り返しで、麻痺が改善しなくなるのです。
療法士と相談して、日常生活においても意識して、麻痺側を使う訓練を続けることが、改善の一歩となります。
脳梗塞の磁気刺激治療の効果とは
rTMS(repetitive Transcranial Magnetic Stimulation:反復経頭蓋磁気刺激)
rTMS は、TMSを用いて繰り返し神経を刺激する治療法で、脳の働きを抑制または、促進することが出来ます。
この興奮特性の変化を利用して、脳卒中の片麻痺やうつ病、パーキンソン病などの治療に用いられています。
片麻痺の場合
片麻痺では、脳内の運動を司る領域(運動野)は左右で互いに抑制し合う関係にあり、健側の運動野が障害側の運動野を過剰に抑制している可能性があります。
そこで、rTMSを使って健側の運動野を抑制、または障害側の運動野を促進させる治療を行います。
麻痺の回復には損傷の少ない神経細胞が活動性を増すことで、障害された神経機能を補うことが重要です。
これを脳自らが働きを変えることを脳の可塑性と云います。
その脳の可塑性を高める準備運動としてrTMSは最適の治療法で、合わせて集中的なリハビリを行うことでさらに効果が増すと期待されます。
rTMSとリハビリ併用の効果
東京慈恵会医科大学付属第三病院など8病院で、1008名の脳卒中患者を対象に行われた治療の結果、15日間併用治療で麻痺側上肢の運動機能が有意に改善したと報告があり、治療後4週間経っても維持効果があったとされていました。
【治療内容】「1回20分のrTMSと直後2時間のリハビリ」のセットを午前と午後の2回。
※脳の可塑性が高まった状態で川平法などの手技を併用するのも良いでしょう。
脳梗塞の磁気刺激治療を受けられる医療機関は限られている
磁気を用いて脳の特定部位に働きかけ、脳血流を増加させることで、低下した機能を元に戻します。
薬物治療や電気けいれん療法と比べて、副作用が少なく安全性が高く、脳卒中後のリハビリ治療として磁気刺激治療が使われています。
日本ではまだ治療を行う病院や医師が少なく、現状では下記に挙げた限られた施設で診療が行われています。
再生医療や他のリハビリと組み合わせることが大事
脊髄損傷で麻痺した手・脚をもう一度動かすためのリハビリ研究が進んでいます。
実現が期待される人工多能性幹細胞(iPS細胞)などを使った再生医療と、リハビリとを組み合わせることで効果が上がると考えられ、其々個々の医療機関が取り組み、専門学会も基準作りを始めています。
運動の回復は?
事故などで脊髄の神経細胞が傷つき機能が失われると、今までは回復が困難とされていました。
だから、残された動く部分の機能を高めて、車いすでの自立・社会復帰を目指すことが優先されてきました。
しかし、その固定観念を覆す可能性を秘めているのが再生医療と云われるものです。
多くの研究機関の中でも特に、札幌医大では神経機能回復の為に、患者さん本人の幹細胞培養による医薬品の実用化を目指していますし、慶応大でもiPS細胞を使った臨床研究を計画するなど、以前には不可能と考えられた神経系への再生医療に期待が高まっています。
でも、神経細胞の回復が即、運動機能の回復につながるものではなく、神経細胞を通じて脳からの信号を手や脚にきちんと伝わるようにしなければならないのです。
それには繰り返し体を動かして、神経を正しくつなげる必要があるのです。
ロボットで歩行
ReWalk(リウォーク):下半身麻痺の患者向けロボット装具
両手で杖を持って体を支えながら体を前に傾けると、両脚に取り付けた装具が左右交互に前に出て歩く仕組みになっています。
屋内外での使用で、細かくチェックし改善点を探っています。
下半身が完全麻痺の11人で研究した結果、脚の筋肉にわずかではありますが動きが観られるようになりました。
再生医療実施後、筋肉が動くようになるには、多くの刺激が必要ですが、ロボットを使えば、正しい歩き方を繰り返す訓練量が稼げる利点があると期待されています。
HAL(ハル):サイバーダイン社のロボットスーツ
患者さんの麻痺した下半身にHALを装着し、歩く時に振る腕の動きにHALが反応して両脚を動かします。
HALでの機能回復を探る一方、再生医療とHALを組み合わせれば、より可能性が広がると期待されています。
脚の筋肉が少しでも動くようになれば、次は筋肉の活動をHALが読み取って、脚を動かすなどのレベルアップの可能性があります。
専門家の集合
現在は個々の医療機関が其々のリハビリ方法を模索している段階ですが、日本脊髄障害医学会ではこれらを纏めて、標準的なプログラムを作ろうと議論を始めています。
再生医療による神経機能の回復の程度に応じて、適切なリハビリをどこでも受けられるような土台作りを目指しています。
脳卒中・脊髄損傷、再生医療に関するご質問・お問い合わせは、
こちらのメールフォームよりお願いします。
ニューロテックメディカル代表
《 Dr.貴宝院 永稔 》
大阪医科大学卒業
私たちは『神経障害は治るを当たり前にする』をビジョンとし、ニューロテック®(再生医療×リハビリ)の研究開発に取り組んできました。
リハビリテーション専門医として17年以上に渡り、脳卒中・脊髄損傷・骨関節疾患に対する専門的なリハビリテーションを提供し、また兵庫県尼崎市の「はくほう会セントラル病院」ではニューロテック外来・入院を設置し、先進リハビリテーションを提供する体制を築きました。
このブログでは、後遺症でお困りの方、脳卒中・脊髄損傷についてもっと知りたい方へ情報提供していきたいと思っています。